2016年3月6日に開催したイベント「Farm to Table / Table to Farm #1」に登壇した発酵デザイナーの小倉ヒラクさんにインタビューを行いました。発酵という目に見えない世界をデザインを通じて可視化する活動を行うヒラクさんに、発酵業界においてクリエイティブが果たす役割をお聞きしました。
■好奇心で世の中を変えたい
―ヒラクさんの発酵デザイナーとしての活動はどのような思想に基づいて行っているのですか。
ヒラク)僕は人の好奇心を動かすことで、現実を変えたり世の中を動かしていきたいと思っています。人の好奇心をどう解放し、触発するのか、そのためのトリガー(引き金)をどう設計するか、ということをいつも考えています。
■テクノロジーの本質を直感的なものにするのがデザインの役割
―ヒラクさんが感じる発酵の魅力とはどんなところですか。
ヒラク)もともと大学では文系の学部で、生物学と文化人類学を勉強していました。僕は、発酵は「サイエンス」と「社会学」がセットになっていると考えているんです。
微生物は構造が単純なので、菌のことを調べると生命の基本原理が分かるんですよ。人間という生き物の働きは複雑で分かりづらいものです。それに対して菌はしっかり調べるとどういう特徴を持っているかが分かるんです。例えば大腸菌の特徴が分かると、結局人間は大腸菌が何百兆個も集まってできているので、そこから人間の働きも見えてくる、というわけです。
また、発酵文化には、地域土着の事例や方法があり、人間の文化の多様性を表しています。このように、本質的なサイエンスと、地域の数だけ文化があるというすごく曖昧な社会学的な両方の側面を持っています。
―そういう意味で発酵は「社会学」でもあるんですね。おそらく、ヒラクさんが文系出身であることが一般の人との接点をつくる要因になっているんでしょうか。
ヒラク)そうですね。普通の人の感覚がよくわかりますから。僕は微生物学や発酵を学んだときに、これは普通の人にこのまま伝えたら呆気にとられるか怖いと感じられるかだと思いました。だから、論理を超えて直感的に分かるところまで解釈をし直さないといけないなと考えたんです。
そうして生まれたのが「てまえみそのうた」や「こうじのうた」。これは、とりあえず理屈は抜きにして、まず僕と一緒に手を踊ってみましょうという作品です。それで「どう、楽しいでしょう?」というところまでもってこないとダメだと思っています。テクノロジーを直感的というか身体感覚、アート的な観点でわかるというところが僕の仕事の特色なんだと思います。
・てまえみそのうた
・こうじのうた
―ヒラクさんの開催するワークショップにもそのような要素はありますか。
ヒラク)僕の麹作りワークショップはただ味噌を作るのではなく、テクノロジーの部分である、酵素の働きや温度と菌の働きの関係などについても伝え、参加者の「好奇心」を引き出すようにしています。
僕のやっていることは本質的には田舎のおばあちゃんの味噌作りと変わりませんが、テクノロジーの本質を取り出してデザイナーとして再解釈しているので、デザインのテクスチャーとしては全然違うように受け取れるようになっています。だから間口が広がるんだと思います。参加者の中には「人生観が変わりました」と言ってくれる人もいました。
僕のプロジェクトでは、テクノロジーを積極的に使うようにしています。例えば、顕微鏡をパソコンに接続して麹の生え方とかをその場で見たり。そういう風にエンターテインメントにしているとみんな楽しいから盛り上がるんですよね。
人の好奇心をずっと刺激し続けるということがすごく大事です。僕は最先端の技術やおもしろい可能性を普通の人がわかるところまで表現し直すとか、子供でもそれができるようにするという方法論を作り出す人だと思っています。
■これからの経済はDIYとプロの間で形作られる
―最近では味噌作りをする人がだんだん増えてきたようですね。
ヒラク)実際に味噌を作ってみるとプロの味噌屋さんに対するリスペクトが生まれるんですよ。すると、自分が味噌を買うときに絶対に適当な味噌を買わなくなります。
消費者がちゃんとした味噌を求めるようになると、すごくニッチに追いやられていた八丁味噌なんかが復権してくるでしょう。これが文化なんですよ。
最良なのはみんなが「生産者」になることだと思います。これからは、DIYでやっているのか、プロとしてやっているのかというところのギャップの中に経済や文化が生まれていきます。DIYで作ることによってプロに対するリスペクトが生まれ、だんだんと自分の目で「本物」を選ぶようになるのです。
市場で本物が選ばれると生産者もクオリティを上げる方向に動き、最終的にはそれがブランディングに結びついていきます。そういったボトムアップ型のブランディングをしながら世界に通用するようなものを作っていくというのは一番強いカルチャーの作り方だと思います。
―ヒラクさんの教えるメソッドやコンテンツはクリエイティブコモンズになっていますよね。オープンソースにこだわる理由は何ですか?
ヒラク)僕は、発酵業界が低迷している理由のひとつは生産者が技術を囲い込み過ぎてきたことだと思っています。特許や商標で技術を囲い込むのは短期的に儲けるにはよかったかもしれませんが、発酵文化の寿命は長いのでそういう考え方だと後々首を絞めることになってしまいます。
昔は手作りしていた発酵食品の技術が見えなくなると買わなきゃいけなくなりますよね。そのときに消費者はどんな発酵食品がいいかという判断基準を持っていないので結局は安い物を求めてしまいがちです。でも一番安い物って偽物みたいな発酵食品が多いから、そうすると発酵文化自体の崩壊につながってしまうんです。
だったら僕は全く逆のことをやろうと技術やメソッドをオープンにしています。そうすることで、DIYで作る人が増えてくるとDIYの人のプロの間でお互いを認めあう関係ができてくるでしょう。
「オープンソース」と「DIY」が強い文化を作るカギです。僕はその流れを発酵の世界でもう一度作っていきたいです。その実践の一つとして、最近自宅にDIYで発酵デザインラボを作り始めました。そこにはバイオマスの技術を集めますが、オープンソースにしてその方法論を広げていきたいと考えています。
【プロフィール】
小倉ヒラク/発酵デザイナー、アートディレクター
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、発酵を研究しながら、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップを行っている。『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2015年より「こうじづくりワークショップ」を全国で展開中。最近は自宅のキッチンで発酵デザインラボを制作中。