2016年4月24日に開催された「Farm to Table / Table to Farm #2」に登壇した池田彰弘さんにインタビューを行いました。池田さんは愛知県農業総合試験場山間農業研究所で、農業技術支援や病気に強いコメの品種開発などを行っています。池田さんに品種開発の手法や動向について伺いました。
■中山間地域の農家が抱える問題
―愛知県農業総合試験場はどのようなことをしているのですか?
行政機関の中の研究機関なので、県内の農業振興や、農家に対して農業技術で支援をしていくことが中心的な業務ですね。栽培技術や、どうしたら収量が多くとれるか、どうしたら高品質なものがとれるかという研究を行っています。
現在、我々が行っているのが品種開発です。今の品種が抱える課題をクリアするような品種をつくっています。また、消費者の動向や関連産業が何を求めているのかをふまえて、農業の産業としての増進を担っています。それも農家の収益性をあげていくため、というのが中心的な目標です。
農業総合試験場の中に、私が所属する山間農業研究所があります。愛知県にそれほど高い標高のところはないのですが、山間地域がありまして、平坦地とは違った問題があるのです。そのひとつが、田んぼの形状が不整形であることで、棚田などは大型の機械が入れないため、作業的には不利な土地条件です。加えて、農家の方も高齢者が多くなっています。
それから、山間地域の農業を維持していくということは水源や景観の維持といった環境的な側面から考えても重要です。中山間に降った雨が下流域の水資源になるので、中山間地域を荒らしてしまうと都市部の人も被害をこうむるのです。当研究所はこのような問題を改善していくために活動しています。
■DNAマーカー選抜で品種開発期間を短縮
―研究所では具体的にどのような研究を行っているのですか?
コメの最大の病気である「いもち病」に強い品種の開発を行っています。いもち病は、イネが若い時期にカビが葉に感染すると枯れてしまいますし、穂につくと実らなくなってしまいます。冷涼な気候だと出やすいという特徴があります。ですから、気温の低い中山間地域に比較的多く出ます。東北や、冷夏となった一昨年には九州など西南暖地でもけっこう出た病気です。
愛知県でも山間部において、いもち病がかなり問題視されていきました。農業研究所がある豊田市稲武町はいもち病がすごく出やすい場所なんですよ。そこで、いもち病にかからないイネの育種をスタートしたのが当研究所の起源になります。現在では日本のコメのうち、かなりの割合のものに我々が開発したコメの血が入っており、多くのコメがいもち病に強い特性を持っています。
現在では、いもち病に強い遺伝子を持つ親とおいしい品種の親をかけあわせて、いもち病に強くて、かつ、おいしい品種の開発を行っています。たとえば我々が開発した品種ですと「あいちのかおり」、「ともほなみ」、「みねはるか」などがあります。育成母本(品種開発の際の親)として使われている品種も多いですね。
―ひとつの新しい品種を開発するのにはどれくらいの期間がかかるのですか。
これまでは、15年ほどかかっていました。しかし、最近では、DNAマーカー選抜という技術を使うことで、7〜8年ほどに短縮できるようになりました。DNAマーカー選抜技術は、DNAの配列を調べることで、交配してできたイネの中から効率よく目的に沿ったイネを選び出して育成する方法で、遺伝子組み換えではありません。
いもち病の抵抗性遺伝子がイネの染色体のどこにのっているかというのが技術的に分かるようになってきたのです。いもち病の抵抗性遺伝子をもつ親と良い味を持つ親をかけあわせると様々な特性をもつイネができるのですが、その中で、おいしく、かつ、いもち病抵抗遺伝子の両方をもつイネをDNAの配列を調べることで見つけ、それを圃場で植えていきます。
以前は何千個体とできる種を全て圃場に植えて、そこから適切なものを探すことを繰り返していました。イネの外観や病気にかからないかどうか、収量性が安定しているか、おいしさがあるかなどを検定して調べていくわけですけども、交配して初期の段階だと遺伝子的に安定していません。だから何度か自殖(自家受精)させないとならず、15年もかかっていたのです。しかし、DNAマーカー選抜技術を使うことで、作付け前の種の段階で厳選することができるので手間が少なくなり、品種として固定する時間も短縮されるというわけです。
このような技術を使って開発したのが平成27年6月に種苗品種登録した「峰の星」という品種です。これはいもち病の抵抗性遺伝子を2つ意図的にいれこんだ品種で、交配から7年4ヶ月くらいで完成しました。
■企業と協働しながら行う品種開発も
―最近では企業と連携した研究もされているそうですね。
はい、おいしさとやわらかさが持続する業務・加工向けの品種の開発を行っています。これは、実際にコメを使う食品製造企業であるローソンやPasco、生産者であるJAなどから意見をいただきながら開発をしています。
昨今、コメの消費量は家庭内消費が少なくなってきていて、外食や中食での消費量が増えています。業務米について実業者の方々と話をするとやわらかさが持続するお米の必要性を伺うことが多く、このような品種の開発をすることになりました。
具体的には「短鎖アミロペクチン」という現象に注目してやわらかい品種の育成をしています。コメのでんぷん成分のひとつである「アミロペクチン」の枝分かれ分子構造の中で、枝の部分を短くする(短鎖化)することで、固くなりにくい特徴が生じます。このような特徴をもつ品種を味の良い品種に取り込むことで「おいしさ、やわらかさが持続する品種」を開発しています。
例えば、米粉パンは焼きたてのときにはもっちりしてやわらかいのですが、時間が経つと固くなってしまうという課題がありました。しかし、開発中の品種で米粉パンを作った場合、従来のものと比べてやわらかさの持続時間が長くなるという実験結果が出ています。今後は米粉パンやチルド弁当などに使われるコメとして企業側に提案していくつもりです。
―企業と連携することによるメリットはどんなところにありますか。
やはり、我々とは違った視点で様々な意見をいただける点ですね。この事業をやるまでは、我々研究者自身が社会情勢などの情報からニーズを拾い上げ、研究の目的づけをしていましたが、実際に実業者の方と一緒にやると生の声を聞くことができます。
研究機関と実業者が連携していくことは、開発された技術を広げていく上でとても重要なことだと思います。今後も実業者の方との連携を強化し、社会に必要とされる有意義な研究を行っていきたいですね。また、「Farm to Table / Table to Farm #2」のような場で聞ける消費者の方の声を研究にも生かしていけたらと思います。
池田彰弘
愛知県農業総合試験場山間農業研究所稲作研究室
1958年生まれ。大阪府立大学大学院農学研究科修士課程修了後、1984年より愛知県農業試験場に勤務。以来、主に土壌肥料学研究(収量が高く、美味しい作物を作るための土づくりや施肥方法など)に従事。2013年より、現職。現在は、病気に強く農薬が減らせるお米や美味しいお米など、消費者が望むお米の開発を目標とした研究を進めている。
http://www.pref.aichi.jp/nososi/