3 月 6 日に開催した「Farm to Table / Table to Farm #1」に登壇くださった近 藤徹弥さんにインタビューを行いました。あいち産業科学技術総合センター食 品工業技術センターで微生物や食品加工技術に関する研究を行っている、近藤 さんに研究者として科学的な観点から見た「おいしさ」について伺いました。
◼︎「おいしさ」の評価方法
―おいしさの科学的な基準はあるのでしょうか。
おいしさの絶対的な基準はないと思います。おいしさの判断は「官能評価」と いう手法で行うのが一般的。官能評価とは、10 人〜20 人ほどのパネラーに食品 を食べてもらって、おいしいかおいしくないかを評価してもらう方法です。
例えば、ある新製品を開発したときに、従来品と比べるために見かけは同じよ うにして食べていただき、おいしい方に○をつけるという形で行います。その 結果を統計的に評価するのですが、その食品の対象となる年齢層や、パネラー 自身の体調などによっても結果は変わってくるので、絶対的な評価にはなりに くいとも言えます。
官能評価の他に、五味(甘み、旨味、塩味、苦味、酸味)の成分分析もありま す。こちらは、科学的な分析なので正確な結果が出ます。甘味であれば糖の量、 旨味ならグルタミン酸などのアミノ酸、酸味はレモンやお酢のような酸っぱさ の数値によって味を測ることができます。また、同じ糖でも一般的な砂糖やブ ドウ糖、果糖など種類があります。果物はブドウ糖や果糖が多いのでそういっ たものを測ることでどのくらい甘いのかを評価することができます。でも甘け れば甘いほどおいしい、とは限りませんよね。
―たしかに、おいしさって様々な味のバランスが関わってきますし、食べる人 の状態でも感じ方は変わりますね。
ですから、オーダーメイドのような評価方法ができないかと考えているんです。 官能評価と、そのときの食品の成分を情報処理によって紐づけし、総合的に評 価する方法です。糖や旨味、塩味など味覚の成分の種類や量のデータと、官能 評価の結果を関連づけます。そうすると、未知のものを作り出したときに、調 べたい成分を測ると、大多数にとって好ましい味かどうかが推測できるんじゃ ないかなと思っています。
■微生物を通じた「おいしさ」とは
―近藤さんは微生物や菌の研究もしていらっしゃいますが、菌とおいしさはど のように関わってくるのでしょうか。
おいしさに関わる身近な菌として麹があげられます。麹菌はタンパク質やデン プンを分解してくれる働きがあります。タンパク質は分解されるとアミノ酸に、 デンプンは糖になります。アミノ酸は旨味のもとですし、糖は甘みになります。 デンプンは甘みがありませんが、分解されることで甘みが出てくるのです。
例えば、お米そのものを蒸したご飯を食べても、甘みも旨味もそんなに強くは 感じませんが、麹菌をつけると酵素が働き、デンプンを分解してくれます。す ると、旨味と甘みが出てきて甘酒などができるんです。少し前に流行した塩麹 も肉にすりこむと肉のタンパク質を分解してくれるので柔らかくなり、旨味も 出ます。
■ 「おいしい」は五味だけではない
―五味のほかに、おいしさを左右する要素はありますか。
味だけではなく食感や噛み応えもおいしさの大切な要素です。固いか、柔らか いかによってもおいしいかどうかが変わってきます。例えば日本人って噛み応 えの無いものはあまり好きじゃない人が多いですよね。一方で外国の方では好 きな人もいるでしょう。それはその人の食体験によって変わってきます。
また、匂いや視覚も大事です。真っ赤なトマトは見ただけで美味しそう、食べ てみたいと感じるのではないでしょうか。それもおいしさの一つの要因です。
―ちなみに、旅先で食べる食事はおいしい、と感じることもありますよね。そ れは、味そのものとは違った要因で左右されるところも大きいのかなと思いま す。そういった感覚値のようなものを分析することはできるのでしょうか。
「旅先で食べる食事はおいしい」というのは、視覚情報やシチュエーション、 その場にかかっている音楽などの影響があるんでしょうね。例えば、特定の音 楽をかけて同じ物を食べてもらったときにおいしさの判断が変わるかどうか、 というふうに測ることは可能だと思います。それだけではなく、脳波を測った り瞳孔を見たりという調査もありえるでしょう。そういった要因を組み合わせ て「おいしい」を感じやすい状況をつくろうとすることはできます。
■自分の感覚で得た「おいしさ」に自信を持って
―おいしさには科学的に測れる要素と、そのときの状況などの相対的に変化す る要素が絡んでいるのですね。
そうですね。ただ最終的には、その人が食べておいしいかが全てだと思います。 その人の体調や年齢によってブレることもありますが、「おいしさ」を感じられ ることは人生の喜びの一つでもあると思うんです。自分で「おいしい」と感じ たものに自信を持ってほしいですね。でも、自信を持ってそこを言い切るには やはりトレーニングが必要な場合もあるでしょう。
味覚をトレーニングするには、薄味に慣れていくのが良いでしょう。薄味には いろんな味の絶妙なハーモニーがあります。濃い味に慣れている人も薄味を食 べ続けると、だんだんと素材や調味のおいしさも分かるようになってくると思 います。また、身体が欲しがっているものを食べることも大切です。
一人ひとりに合ったオーダーメイドの「おいしいもの」を作ることができるの が理想ですが、ある程度の幅を持って多くの人においしいと感じられるものの 研究をやれればと思います。一方で、医療や介護の分野ではある程度のイージーオーダーに近い形でその人の体調や病状に配慮した食事メニューになってい ます。
科学者としては、「おいしさ」をもたらしているのは何なのか、興味があるとこ ろです。おいしさのレベルと神経を伝わる信号の強さの関係や、どのように味 の成分が伝わっているのか、脳がそれにどう反応しているのかといったところ も今後明らかになっていくと面白いと思います。
このように、「おいしい」には様々な要素があり、科学的に測ることもできます が、最終的には個人の感覚に委ねられます。「おいしい」と食べられる幸せは、 生きるということにつながっています。ぜひ自分なりの「おいしい」の基準を 探してみてください。
【プロフィール】
近藤徹弥
あいち産業科学技術総合センター食品工業技術センター 主任研究員 1965 年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程終了後、愛知県に入庁。 以来、食品工業技術センターで微生物の有効活用や食品の加工技術等に関する 研究や技術指導に従事。現在は、お菓子の組織形成、自然界から分離した酵母 を使ったパン作りなど、様々なことに興味をもって研究中。